徒然日記その282. 理系離れ-3 理科も算数も大嫌い? (9/30) 

 

小学生や中学生に聞いてみると、不人気教科ワースト2は理科と算数(数学)である。先進国中で、理科嫌い・算数嫌いがこれほど多いのは日本だけだろう。それにしてもこんな状態でよくもまあ先進工業国になれたものである。しかしこれはもう笑い事ではない。

みなさんは「教育界の七五三」をご存じだろうか?学校の授業の分からない比率が高校生7割・中学生5割・小学生3割であることを表した言葉である。中学生の半分が授業が分からないのだ。では「どの教科がわからいか?」との質問に返ってくる答えはやはり「数学」が圧倒的に多い。第2位は理科である(高校では物理や化学だ)。

なぜ理数がこれほど分からないのか。現在の教科書は昔の教科書に比べてずっと簡単なのに、である。例えば中学数学の教科書には、たすきがけの因数分解は出てこないし(私は中3に習った覚えがある)、不等式さえ教科書から消えたのだ(従来は中2で習った)。

 

勉強は勉強で、生活は生活?

理科離れも激しい。東も西もわからないし、距離もイメージできないし、ツツジだって見たことないのである。これじゃあ、星座の動きだとか、速度だとか、花のつくりなんて理解できない。だからさらに、星の日周運動や年周運動だとか、重力加速とか、光合成や炭素・窒素の循環も理解できないのだ。

ようするに、学校で習う理科と身の回りの現象が全然つながっていなのである。そりゃ、一日中テレビゲームに向かってるんだから空を見上げないのも当然である。彼らは水平より上に視線が向くことがあるのだろうか。だから雲の形にも興味を持たないし星座だってみたことないだろう。北斗七星の大きさだって知らないんだろうなあ。花壇の花に水をやる子供はどれくらいいるというのか。

これは子供だけがこうなっているのではなくて、その周りの大人たちがそうなのだ。そもそも行動範囲が極端に狭いのである。入ってくる情報はテレビと携帯電話でのたわいもない会話、そして流行を取り上げた雑誌。ここに「自然」とか「身の回りの現象」なんてものは存在していないのだ。これでは理科なんて授業が成り立たないのである。ただ覚えこむだけ。生活の場面とは何もつながらないのである。今の理科は「自然科学」とかけ離れたところにある。

 

数学は公式に代入して答えを出すだけ?

数学離れもそうである。国語(日本語)が大切で必要であることは誰も異論はなかろう。しかし、数学については違う反応が返ってくる。「そんなことなんの役に立つの?」とか「生活に必要ない」なんて言う反応である。じゃあ、国語はなぜ大切なんだろうか?日常生活で使うからである。毎日言葉を話して会話するし、文字を使って記録や伝達が行われているからである。

では数学はどうだろうか。数学だって言葉のひとつなんだが。自然現象を記述するためのとても重要な言葉なのである。自然科学をを扱う人間(いわゆる理数系人間)にとっては、なくてはならない言葉なのである。ところが、この大切な言葉を使えない理数系人間が増えているのだ。「ニセ」理数系人間である。

ピンとこない方が多いかもしれないが、微分方程式を使いこなせないようでは一人前の理数系人間とは言えないと思う。多くの自然現象は微分方程式によって記述できる。これを解けば必要な「答え」が手に入るのだ。たとえば石油化学工業の蒸留プラント。原油を軽油や重油や灯油やガソリンに分ける工場である。このプラントの設計だって、微分方程式が必要なんである。自動車の設計だってそうだ。 

日本は技術立国である。資源の乏しい国であるから、原料を輸入して「優れた技術で」製品に加工して輸出して売らなければ食べていけない。加工貿易である。では、この「優れた技術」を維持していけるんだろうか。「ニセ」理数系人間が増えてきたということは、「本物の」技術者・科学者が減っているということである。そして、この傾向はますます加速していくだろう。

アジアNIESと呼ばれる国々は「日本に追いつき追い越せ」と工業化を進めてきた。日本もこれらの国に援助してきたわけである。しかし、今後はどうなるのだろうか。国際社会で、日本製品は競争力を保つことができるのだろうか。私は「ノー」と答える。残念ながら。。

 

 


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